掛川9条の会主催の憲法寺子屋「尊徳さんなら今の世をどう見る?」に参加。鷲山恭彦さんの提起からディスカッション。尊徳の改革が成功したところは分度といわれるそれぞれのわきまえが支配層武士まであった。国家、公に対しての分度が必要だ、という指摘がよかった。社会のためは国家のためとは違う。国のため、という落とし穴に落ちず、規範のある社会に一歩踏み出す。尊徳の像は必ず足を一歩踏み出しているのだそうだ。
変な利用のされかたを二度と許さず、本当の民主主義をつくる哲学になれるなら、それはいいことだか。なんでも報徳をつける掛川にその基本があるかが問題。